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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第0回

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0 『二十五歳、柿生みさ』

 「喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます。」
 ラッキーストライクの箱に書かれた注意書きを見て、心筋梗塞ってどんな風に死ぬんだっけ? と考えている自分がいた。
 うっ、と息を詰まらせて、ばたっ、と倒れてピクピク震える奴だっけ? 
 ……それは心臓マヒだっけか?
 必ず死ぬって訳でもないんだっけ?
 ド忘れしているのではなく、そもそもの知識がないので、幾ら考えても正解に思い至らない。それは分かっていた。
 こういう時にインターネットがあると便利なのだろうと思う。
 心筋梗塞、と打ち込んで検索とやらをすれば、それについて書かれたページが次々と出て来る。そんなイメージだ。
 私の携帯では、メールは出来てもインターネットは出来ない。手順を踏んで登録すればできるようになるらしいのだが、説明を聞いていて途中で面倒になったのと、お金が結構掛かりそうなのとでやめてしまった。
 インターネットをする為にはパソコンが必要なはずなのだが、私の家はパソコンもなかった。両親も興味を示さないし、私自身も十万近く出してまでパソコンが欲しいとは思わない。他に欲しいものがある。
 あればあったで便利だとは思う。夜中の眠い頭が思いついたロクでもない疑問を解決するために、ではなくて、デモを作る時に威力を発揮する、といったことは楽器屋に置いてあるフリーペーパーにも良く書かれている。ただ、パソコンでデモを作るには、実はパソコンだけではなくソフト?や機材が必要で、それがまたとんでもなく高いらしい。この世では何をするのでも金が要る。
 私は自分の部屋にいる。床に座ってギターを抱えて、ヘッドフォンをして、煙草の箱を見つめている。孤独な夜更けだが、それを悲しいとは思っていない。
 ラッキーストライクの箱を、マーシャルの上に立てた。取っ手の横で、例の赤い的印の下、心筋梗塞の危険を注意する文章が、私の方を向いている。
 私は吸わない。だから、ビニールの包装は破かれていない。
 私は吸わない、と、言い聞かせていた。このラッキーストライクは友達からの贈り物で、つまりは嫌がらせだ。私は禁煙中だった。健康のためではなく節約のための期限付きの禁煙だったが、理由はなんであれ吸ったら私の負けらしい。この友達は女で社会人だ。江ノ電に勤めていて、時折、腰越で駅員をしている。彼女が吸うのはメンソール。私は既に卒業してしまった。
 向こうは、チバの煙草だと言う頭があって、ラッキーストライクを選んだのだろう。チバのラッキーストライクだろうがリンゴのセブンスターだろうが、カートやジャニスやジミーのを持ってこられてでも、今回は負けられない。何も賭けてはいないので損得があるという訳ではないが、ここで欲望に屈したら、これまでのみみっちい努力が情けなく思え、しょげてしまうだろう。目標は十九万。リッケンバッカー620の値段だ。実は十六万程度で買えるらしいが、念のため、例の曲の歌詞を信用しておく。例の曲とはリッケンの名を日本の一般人にも一躍、知らしめたあの曲だが、明言は避けよう。その方が楽しいだろう。
 この勝負、あと100円足してフィルター付きの葉巻を買ってこられたらヤバかった。彼女が葉巻の味を知らない人間で助かった。
 煙草は十三の頃から吸っている。別に不良ではなかった。と言って優等生でもなく、内気で損をしているかもしれないという以外は、普通を絵に描いたような凡庸な学生だった。その頃、付き合いが合った連中は、やっぱり、優等生ではないが不良でもない人たち、で、私は自分が隠れて煙草を吸っているなどとは言い出せず、言い出さないままに高校に上がり、高校でも同じように言い出せず、そのまま大学に進んだ。
 大学に入ると、キャンパスでは誰もがおおっぴらに煙草を吸っていた。私はようやく、日の光を一身に浴びながら煙草を吸うことができるようになった。堂々と煙草を吸えるようになったおかげで、会話の機会も増え、隠し事をしていると言う妙な後ろ暗さもなくなり、友達も増えた。今でも付き合いのある連中は、大学時代の友達が多い。みな、きちんと就職していて、中には早々と結婚した奴もいるのが、今は、私の劣等感を助長する事もあるのだが。



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