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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第1回

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1 『六月二十日、片瀬海岸東浜にて。山崎葉月』

 調子に乗りすぎた。
 大声で歌いながら砂の上を歩きつづけたのはやりすぎだったし、護岸の上、道路と線路を横切った先に盛り上がる丘を登って、そこを降りた先にあった深夜の住宅街に迷い込んだのもやりすぎだった。歌いたくて、歌った。迷いたくは、なかった。
 朝になっていた。眠気が、大分ひどくなっていた。疲れていた。潮と汗とで体中がベトついていた。水平線の位置にまで雲が落ちついているせいで、夜を明かす太陽の姿は見えなかったけれど、濁った藍色だった空が打ちっぱなしのコンクリート壁のようなグレーへと色を薄めたので朝になったのだと分かって、「ああ、やっちゃった」と、波の彼方へ向かって自分をあざ笑った。今はまた砂浜の方へ戻っている。周りには人はいない。もしいたとしても、波音がうるさくて、ひとりごと程度の音量では、よほど近くにいなければ聞こえないと思う。
 延々と繰り返す波の音に圧されると、自分で発した声でさえ、どこか現実ではない場所で鳴っているような感じになってしまう。テレビニュースの台風の実況中継のような感じだ。正確には、その実況中継をテレビの前で見ているような感じ。激しい風がかき鳴らすゴワついたノイズの中に、アナウンサーが必死に張り上げる声が混じる、その光景と音声を安全な自分の部屋で見聞きしている、あの感じ。休みなく大きな音で揺り返す波という存在自体に現実感がなくて、そこにボクの声や姿といったもののリアリティまでが呑まれてしまっている。
 津波に呑まれる時なんかも、きっとそんな風に現実の感覚がなくて、自分を食べようとする背の高い海水のうねりを舞台の上のショーのように感じて笑えてしまうのかもれない。台風の実況中継だって、大抵の視聴者にとっては娯楽だ。骨だけになった傘の柄を握りしめ、雨風に煽られて体が斜めになったズブぬれで必死なアナウンサーの姿は、体を張って笑いを取ろうとする芸人に近いし、必死なら必死なだけ笑えてしまう。フランスっぽい音楽(口ごもったようなボーカルでシャバダバシャバダバとコーラスが入っている)に合わせてPV風におもしろかしく編集された映像が、インターネットのYouTubeと言うサイト(ホームページのこと)に上がっていて、ツボにはまって自分の部屋でひとり「必死だな」と笑い転げていたこともあった。自分がどうしようもない状況にあると思っている時は、他人の苦しむ姿が特に楽しいものだ。ボクでなくてもあれは大爆笑すると思うけれど、ボクが浮かべていた笑みにはきっと、飢餓で苦しむお腹の出た子供たちや絶滅寸前の動物に対して憐憫をあおるような番組の構成に何か西洋諸国の日本への当てつけとか偽善とか利権とかみたいなものを想像しての、黒々とした笑いに近いものが混じっていたと思う。結局のところ、なにを訴えても無駄。なにをやっても無駄。なんでも真剣になるとバカにされるからなにもしない方がいい、と言う我が身に転じての教訓が、その笑顔からは導きだせる。
 波音は朝になり少し丸くなった気もする。強さは変わらない。
 一晩、歩き続けたのだ。途中、少し休んだりもしたし、適当な岩に腰をおろしてコンビニで買ったカラシ入りの卵サンドを食べたりもしたけれど、とにかく、ずっと歩いた。もしかしたら、ここ一ヶ月の合計歩数ぐらいには歩いたのではないだろうかとさえも思う。……一ヶ月だと、家の中の階段の上り下りの分とか自分の部屋の中で意味もなくうろつき回った分とかコンビニへ行ったり帰ったりした分とか、そう言った細々とした所で歩数を稼いでいてオーバー気味かもしれない。けれど、ここ二日分ぐらいは確実に……いや四日分……もしかしたら一週間分ぐらいは稼げているかもしれない。



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