Enoshima Baby!!
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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第2回

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 五月某日。昨日か一昨日あたりが日曜だった気がするから、多分、平日。
 九時二十分頃。
 窓の方を見ると明るい。済んだ水色の空がある。今日は一日、よい天気だろうか。ちぎった綿菓子のような雲が窓枠の上辺の近くにかかっていて、その胴に濁った灰色を持っているから、この後、曇ってしまうかもしれない。
 とりあえずは今はいい天気だ。
 そろそろ、寝ることにしよう。
 右手でマウスを動かして、
「あー。よっこらせーのよっこいしょ……」
 かれた声でカーソルを画面の左下、スタートのボタンへと合わせる。
 よく笑った一日だった。
 ネットでみつけた外人のダンス映像をみて、ずっと笑い転げていた。ボクは本編を見たことのないアニメのエンディングで、そのキャラクターの登場人物が曲に合わせてダンスをするものがあるのだけれど、それをリアルでやっているものらしい。ティーンエイジャーと思しき痩せた白人が、自宅で妙な踊りを繰り広げる様はきちんとカット割りされているだけに滑稽以外の何者でもなく、ヘッドフォンをつけたまま笑いのたうちまわっていた。過呼吸気味になった。
 元ネタの方はどんなものなのだろう、と思ってアップされていないかと調べてみるとアップされていた。著作権関係は大丈夫なのだろうか、と思わなくもないけれど、こんな時、ネットは便利だとは実感できた。確かに凄かった。よく動くもんだと感心した。おかげでリアル十代白人のダンスの微妙さ加減が余計に引き立って、また笑いがこみ上げてきて、さっきの映像を再生して、座椅子の背を後ろに倒しその上で身をよじらせた。ぐるぐると派手に回るだけのスペースがボクの部屋にはなかったので、座椅子の幅の分だけしか体を動かせなかったけれど、そうやって四時間ぐらい笑い転げていた。だから、声がかれていた。
 パソコンの電源が落ちると部屋が静かになる。パソコン本体内部の冷却用ファンの音がうるさいのが、このところ本当に気に掛かる。電源が落ちるとほっとする。けれど、ボクはすでにネット中毒なので、パソコンを起動させない日はない。ブラウザを立ち上げてどこかのホームページを表示さていいないと落ち着かない。吸った事ないしほとんど呑んだこともないけれど、ニコチン中毒とかアルコール中毒とかは、こんな感じだろう。
「ベッド、ベッド」
 倒した座椅子の背からまっすぐ、なめくじみたいにカーペットの上を這いずってベッドに向かった。パソコンのモニターは座卓の上に置いてあり、いつもボクは座椅子に座ってネットをしている。ボクの生活は、この座椅子とベッドがメインのステージになっていて、その周囲に、十五の乙女の部屋としてこれはどうかとしか思えない勢いで雑多な小道具が散らばっている。
 ベッドにたどりついて、そのふたに倒れ込むように上半身を載せ、ちらりと振り返ると、その惨状が眠い目に映った。
 こん棒みたいな形と大きさで、先にローラーのついた電動マッサージ機。
 KISS。(マンガ雑誌)
 コピー用紙。
 いつの日付のだか忘れた新聞。
 プリンの空き容器とかポテチの空袋の入った、コンビニの袋。
 色鉛筆。
 名刺。
 風邪薬。
 間違って届いた結婚相談所の案内ダイレクトメール。(落書きされている)
 塩の瓶。
 CDのケース。
 コンビニで売っていたマンガの単行本。
 そして、読みかけのページで伏せたマンガ本とマンガ本との間に埋もれた携帯。
 ベッドから体を戻し、埋もれた携帯だけ掘り起こして、座卓の上、モニターの前に置いた。
 足の踏み場はある。パソコンの座卓の置いてある壁から、その反対側の壁のベッドまでの直線上だ。ここだけカーペットが見えている。だから、ボクはこの直線をシルクロードと呼んでいる。
 ……眠って起きたら、いい加減掃除しよう……。
 そう思いながら再びベッドへ向かい、体を横たえた。
「おやすみなさい……」
 昨日寝るときに言った「おやすみなさい」とは、ちょっと発音を変えた。昨日は「仕事から疲れて帰って来て家で飼っている猫に癒された後、眠りにつこうとする水商売のお姉さん」という想定で、今日は「乙女らしい乙女の、自分のことをボクなどとは決して言わない可愛い十五歳」を想定した、高めで不安定な声だ。



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