Enoshima Baby!!
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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第4回

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 誰も歩みは止めていない。白い車が、一台、ボクたちの横を同じ方向へ通りすぎて行く。
「あの……」
 ボクの声は、少し震えていた。
「んぁ?」
 みささんがこっちへ目を向ける。
「お店って……そのぅ……」 
 花瓶を割ったのはボクです、と担任の先生に申告する小学生の気分で、ボクは尋ねる。
「あ、そうそう」
 みささんは、明るい声で何かを思いついた。
「あれが江ノ島」
 指をドリルが突き刺さっている島の方を指差して、みささん言う。
「あ、そうなんですか」 
「うん。名前くらいは知ってるっしょ?」
「あー……朝のテレビ番組で定点カメラからの映像とかやってる……」
「そうそう」
 話がそれてしまった。
 ちょっとだけ、どうしようかと戸惑う。
 とりあえず、みささんに話を合わせることにした。
「あの、突き刺さってるのはなんですか?」
「どれ?」
 ボクは塔を指差して言う。
「なんかドリルみたいなの。てっぺんの……」
 話合わせちゃう方向でいいや、と決めてみるとサッパリしたものでボクの興味は島の方へと移ってしまった。
 つまり、ボクはこれから向かう先が風俗店だとは本心では思っていなかったのだけれど、きっと皆様がご期待の通り、一ヶ月と二十日あまりひきこもってた上に家出までしちゃってるのだし、もうこの先どうにでもなれ、と言う自暴自棄な気持ちが全くなかったとは言えないと思う。少しはあった。沢山はなかった。なんにしろ、女は度胸だ。
「あれは展望台」みささんが答える。「今はなんか、あんな場違いな感じのが突っ立ってるけど、昔のは凄かったよー」
「へぇー」
「もうね、なんつーか古びた鉄塔でさ、登ると落ちそうなわけよ」
「浅草花屋敷のジェットコースターみたいだ」
「それは行った事ないから知らないけど」
 みささんは笑った。ボクも中学の頃、怖いもの見たさで一回行っただけだ。
 島はもう結構、近づいて来ている。
 真横からの眺めになっていた島への橋は、今は少し左の方へと斜めになった格好になっている。コンクリートでできた立派な橋だ。これは僕たちが歩いている場所の真横にある道路から続いているらしい。さっき見た記憶のある白い自家用車が一台、今、島の方へと向かって橋を渡って行くのが見えている。
 橋を渡りきった先に、三階建てとか四階建てとか、そのあたりの高さの建物が見える。薄いレンガ色のとかクリームっぽい白の色とかの鉄筋の箱で、旅館かなにかだろう。その上、倍くらいの高さのところまで木々が積み重なる山肌になっていて、その上に件のドリルな展望台が突き刺さっている。
 島は何というか、前方後円墳、を横から見るとこんな感じなのかなぁ、と言う形だ。旅館らしき建物群と、左の方、海に向かって、ずっと延びている埋め立て地っぽい部分を除けば、深い緑に覆われているこんもりとした野生の山、という感じに見える。
 なにか大きな鳥が、ピーーヨロロロロと笛みたいな声をまき散らしながら頭の上を飛んで行った。行った、というよりも大きく空の上で円を描いている。きっとあれがトンビという奴だろう。その悠々とした飛び方も羽根を広げたまま周回する飛び方も江古田では見たことがなくて驚く。
 五、六メートルはあったはずの護岸と砂浜の高低差は、もうほとんどなくなって来ていて、幅の広いコンクリートの階段が数段、ボクたちが歩く場所から湿った色をした砂浜へと繋がっている。ボクたちがあるいているのは、四角い石を扇型に並べた模様の歩道で、明るい石色、もうちょっと濃い石色、赤茶色、もうちょっと薄い赤茶色の石、みたいな何種類かの色の石が使われているけれど、決して派手ではない。
「昔のは、軍隊のパラシュート練習用の塔だったらしいですよ?」
 それまで黙っていた雪野が、ボクたちのやりとりから少し遅れて言った。
「そうなの?」みささんが後ろを振り返って訊く。
「タクが言ってました」
「ふーん」
 また少し行った。
 そして、その後、地下通路を通って、多分、島への橋の反対側の方に出た。
 地下通路の片隅には、ダンボールが敷かれていた。新宿の地下とかと一緒で、誰かが無断で住んでいるらしい。今日の夜とか明日の夜とか、そんな急な話でなくても、お金がなくなったら、ボクもそういう生活をすることになるのかなぁ、などと、ふと考えてしまった。



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