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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第7回

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7 『江古田、二ヶ月と二十日ぐらい前』

 始業式の日に桜の花が、八分にしろ六分にしろ、咲いていたりするのは出来過ぎだと毎年いつも思うけれど、それ自体はそんなに悪い気分でもなかった。
 ひび割れたアスファルトの上を学校へ。
 高等学校へ向かって歩き続けている。
 中学の頃はスニーカーだった。今は革靴だ。幾らか履き慣らした方が良かったのだろうけれど、結局、そんな努力は全くしなかったので、つま先が痛い。
 ボクも今日から遂に高校一年生。だからと言って夢と希望に満ち溢れている顔をしていたりするのはバカっぽくて恥ずかしいので、ニヤけそうな唇を意識的にキツく結びながらも、学校までの一歩一歩を軽やかに進めて行っている。本当は歌い出しそうになるぐらい気分はいいけれど、新しい学校生活の始まりの日に「世界の終わり」とか歌ってても、いきなり終わりかい! と突っ込まれそうなので我慢だ。「ダニー・ゴー」なら、まだ許容範囲内かもしれない。
 この道は勝利の道。
 絶対無理、とまで中学の進路相談では言われていたAランクの難関を、努力、努力、更に努力で自力で切り抜け、勝ち取った栄光の道だ。
 本当に厳しい戦いだった。なにしろ、ボクの中学からは男子が三人と女子が四人の計七人しか合格していない。この男子の中には、ボクの好きな人も含まれていて、この女子の中には、ボクの親友も含まれている。
 二人と一緒の高校生活を送りたくて、ボクはかなりの無理をした。ちょっとアレな人と言われそうなぐらいに、受験勉学に励んだ。
 ハッキリ言ってしまえば、学校の勉強とか受験のための勉強というのは、社会に出てからは大して役に立たないものだ。ときたま役に立つこともあるけれど、円周率が3.14でも3.141592でも、きっかり3でも、それが必要になる職業の人以外にとっては、今日の朝ご飯に食べたお米の数が、昨日の朝同じお茶碗で食べたお米の数より何粒多いか少ないかなんてことよりもはるかに微細な問題だ。なにしろ、たかだか 0.1415926535897932384626の差だ。本当は延々と続くらしいからそっちに目が行ってしまって何か大変そうに見えるけど、とどのつまりは0.15以下ってことである。
 だからまぁ、若者特有の万能感とか将来なんにでもなれそうな気がしているとか、そういうオカルトめいたロマンを叩き潰して、自分のできそうな職に就いてなんとか暮らして行こうなどと現実的かつこの世のほとんどの社会人がやってそうなことをしている人の一生を基準に考えるのなら、学校の勉強なんか無駄でやってらんねーって言うのはまったくもって正しいことだろうけれど、学生の現実問題としてはそう遠くない未来に受験だの就職だのが待ち受けており、その時に試験問題として出て来たりする可能性があるので、学校の勉強とか受験勉強は必要になるわけだ。喉が渇いたときに道ばたの自販機で缶ジュースを買うようなものだ。その時必要な水分補給で呑み捨てるものであり、後生大事にとっとくものじゃない。
 難しく考えたら負けだ。またどーせすぐに大学受験が待ってんだから、高校受験では適当に無難なとこ入る方向でやって、学校は出来る限り休んで予備校に通うとか自習するとかした方が効率はいいよなぁ……などと将来設計としては正しいように思えるようなことを考えても負けだ。目先のことだけ考えなくては勝ち抜けない。長い目で見たら目先のことしか考えられない人間というのは手酷く失敗しそうな危険とか不安とかも湧いて来るけれど、それに負けてはいけない。ボクの目的は好きな男の子とそれと親友と同じ高校に通うこと、なのだ。そのためには、とことんバカに、目先のことしか見えないバカになりきるしかない。バカになれ、とにかくバカになれ、何の役にも立たないクズになるのを覚悟で、とにかく参考書に書いてあることを覚える危ない人になれ、と、数ヶ月自分に暗示をかけまくり、そしてボクはバカになりきることに成功し受験に勝った。
 そう、全ては、これからだ。ボクの瞳の奥には、野望を燃料にして燃え盛る炎が潜んでいた。
 まずは高校生活おめでとう祝いでカラオケに行くのだ。
 夏休みはプールに海、山だ。
 秋は後夜祭。
 冬はスキーだ。
 発想がえらく陳腐だけどけれど、この際、許す。なにしろここのところは受験勉強バカになりきっていたので、ステレオタイプを超えるような事物を想像する力は完全に弱くなっているのだ。現実的になったと言ってもいい。
 なにはともあれ、これから三年間はが気恥ずかしくなっちゃうようなウキウキ青春学園ライフを送れるという保証が、今のボクにはある。もちろんこのバラ色計画を完遂しハッピーエンドを迎え、新たな未来へ向かって羽ばたく為には、彼との距離を縮める努力が必要不可欠ではあるけれど、これまでのいつかは無駄になると分かってる徒労に近い行為の積み重ねに比べれば、そこに割く労力の先には、なんともまぁ、甘い驚きと嬉しい発見と希望と未来とが待っていそうな感じのすることか。



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