Enoshima Baby!!
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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第5回

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 シャワーの音が聞こえる。
 ボクはソファの上に座って、その音を聞いている。
 入っているのは間違いなく雪野で、女がシャワー浴びる音を聞いていても、正直に言って楽しいことはまるっきりない。
 男がシャワー浴びている音だったらどうだろう、とも考えたけれど想像力不足で良くわからなかった。
 自分の好きな人だったら、まぁ……多分、それなりにいいんだろうけど、それはその後の彼と自分との情事コミでのことであり、ただたんに男がシャワー浴びているだけの場合とはまた違うような気もする。まぁ、ボクの場合は、そういう事になる前に終わったというか始まりもしなかったというかそのせいで全部終わったというかなので、なんとも言えないのだけど。
 などということを考えていたら、ちょっと沈んで来た。
 ドアが開き、ボクを座らせてからすぐに部屋を出て行ったみささんが入って来る。
 その手には制服らしきものと、多分、パンツが入っているコンビニの袋とがあった。
「シャワールーム付いてるなんて珍しいでしょ」
 ボクの方へと近づきながら、みささんが言う。
「え……はぁ」
 生返事になると、みささんは苦笑いしながら、
「珍しいの」
「バイトも色々としたけど、ここまで居心地いい施設がある所は初めてだな……」
 ボクが座っているのではない、もうひとつのソファの上に服と、パンツの入っているらしいコンビニ袋を置いた。
「……女の子しかいないんですか?」
 店員用にシャワーがある店はやっぱり珍しい、と、それは了解しておくとして、気に掛かるのはそこだった。
「いや、マスターは男だし、厨房はケンさんって言って男……。ああ、そういうの気にすんの? 山崎さんは」
 そう言って、みささんはパンツ入りの袋と制服らしきものを置いた方のソファに座る。
「いや……まぁ」
 居間とか応接間とか、そんな感じの部屋だ。全体的に白、少し青みがかっている気がするのは、外からの光のせいだろう。ソファがふたつあって、海の方と庭と通路の方の向きに窓があって、この窓がそれほど凝ったデザインではないものの木枠で観音開きになる、要するに洋風の別荘についていそうなアレだ。
 ソファの前には、ひざぐらいの高さのテーブルがあって、雑誌と新聞のようなものが置かれている。新聞のようなものの方は多分、新聞ではないと思う。カラーで爽やかな感じの紙面で、紫陽花の花が大きく写っていた。ミニコミ紙という奴だろう。雑誌の方は三冊ぐらいが積まれているのだけど、一番上が鉄道ファンだった。男もこの部屋を使っているのかという考えがわき上がったのは、そのせいだと思う。
「ケンさんはここ、使わないんだよね。「自分は……こんな場所を使っていい人間じゃないですから」とか言って」
「へぇ……」
 だったら、この鉄道ファンはマスターの人のものだろうか。あるいは他の従業員で鉄道が好きな男がいるとか。
 シャワーの音が続いている。その音が溢れて来ているシャワールームのあるらしき扉の方へと目を上げ、みささんが漏らす。
「しかし、長風呂だな、雪野も……」
「はい……」
「あ、そうだ。山崎さんも雪野が上がったらシャワー浴びるよね?」
「え?」
「一晩中、海沿い歩いてたんでしょ? 体べとついてて気持ち悪いんじゃない?」
「ああ、まあ、それはそうなんですが」
「つーか、山崎さんの分もパンツ買って来たし」
 みささんがコンビニの袋からパンツを取り出す。確かにパンツだった。オチでトランクスとかブリーフとか出て来たら面白いと一瞬だけ思ったけれど、そんなこともなく、女物だった。男が買って来たのだったらサイズの心配とかありそうだけど、みささんも女だし、その点は大丈夫だろうと思う。
「えっ、それは……すみません。お世話になっちゃって」
 努めてにこやかに答える。確かに、体はべとついていたし、お風呂には入りたかった。ここが怪しい店ではないというのは、多分、本当なのだろうし、みささんのことは信用してもいいように思える。
 でも一応、携帯とお財布はシャワー浴びる時にも、窓のへりとかそんなとこに水が掛からないようにもって行こう……。
 それにしても、雪野はシャワーから出て来ない。
 見知らぬ土地の見知らぬ店の見知らぬバックルームで、さっきまで見知らぬ同士だった十も歳の離れている人と二人でいる緊張のせいもあるだろうけれど、時間の経つのが長く感じる。
 みささんは鉄道ファンを手に取りかけて止め、その横のミニコミ紙を手に取る。
 シャワーの音が続く中で、外からの波音が微かに混じっているのに気づきはじた頃、ミニコミ紙を眺めながら、みささんは鼻歌を歌い始めた。
 することもないので、みささんが手に取りかけた鉄道ファンを手にとる。表紙の一番下に緑色の太字で書かれているの「特集 : 寝台特急2006」。寝台特急と言えばブルートレイン、しか浮かばなくて、ボクは小学校の高学年になるまでブルートイレンだとばっかり思っていて、同級生の男の子に本気で泣かれた記憶がある。断じて言うけれど、バカにするつもりは全くなかった。この鉄道ファンの表紙になっている電車の先頭の車両は赤かったけれど、後に続く車両は青いから、多分、ブルートレインで当たっているのだろうと思う。
 ページをめくって読み始めようとする。と、みささんの口から流れて来る歌の歌詞が、気になり始めた。
「……チキチキブーン、キチキチブーンブーン」
 ラップか?
 と思うとそうでもないようで、声量は控えているものの、時折、声を裏返したり、ダミ声になったりして何かとてつもなく不穏な歌詞をリズムに乗って歌っている。
 何しろボクはiPodにミッシェルを入れて常時聞き込んでいる人間だから、それが嫌だとか怖いとか思ったのではなくて、女の人にしては珍しいなと思ったのだった。ちょっと感動した。親近感が湧いた。念のためiPodもシャワー入るときには持って行こう、と思いついた。



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