Enoshima Baby!!
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■ web連載小説 江ノ島ベイビィ● 第2回

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 父の罵倒は一時間続いた。
 自分の部屋に戻って座卓に置いていた携帯のディスプレイを見ると、十二時を回っていた。
 掃除機は結局、持ってこれなかった。これはそもそもが夜中に掃除機を動かそうとしたボクが悪いのだから仕方がない。
 ボクはどうしていいのか分からずに部屋中央で腰に手を当てて立っている。顔に浮かんでいるのは困惑の笑顔だ。
 階段を登ってくる足音がした。
 母の足音だ。母がボクの部屋のドアを開けて言った。
「あなたね、もう寝なさい。はい、寝なさい」
 もう、寝なさい、はい、寝なさい、と言われてボクの困惑は混乱にレベルアップする。
「でも、ボクさっき起きたばっか……」
 母は呆れて大きなため息をつく。
「そんな風だからお父さんに怒られるんでしょ、生活改めなさい、ね。はい、もう寝る」
 そして母はボクの部屋の電気を消した。パチン、と音がして真っ暗になった。雨戸は閉めていないから物の形は分かる。モニターの電源ランプとモデムのランプが光っている。
「おやすみ」
 母はそう言いのこしてドアを閉め去って行った。ボクは相変わらず腰に手を当て、混乱の笑顔で階段を降りて行く足音を聞いている。
 起きたのが三時間前で、昨日の睡眠時間が十二時間近くだ。部屋の片付けと父の罵倒のヒアリングとで体力を使ったとは言え、あまり眠くない。
 まだご飯も食べていないし、お風呂にも入っていない。
 でも、今、下に降りて行ったら、また父が出て来て怒鳴り散らすに違いがない。
 電気をつけてネットでもやろうかと思ったけれど、あとで母がこっそりと様子を見に来てバレたら、また怒られる。父に告げ口でもされたら、また殴られるかもしれない。
 ここは素直にベッドに潜ってしまうのが得策だ。フリでもいいから寝てしまって、二、三時間して下の階の二人が寝るのを待ってから一階に降りて、コンビニに食事を買いに行こう。もしかしたら母が何か作ってくれて食堂のテーブルにでも置いてあるかもしれないし、冷凍庫に冷凍食品でも入っているかもしれないけれど、電子レンジで豪快な音を立てたりしたら、きっとまた怒られる。貯金がまた減るのも痛いけれど、仕方ない。ATMで下ろさないと。
 でも、今日はお風呂はナシだな。お風呂は好きだし片付けの後なので、入れないのはちょっとキツいけれど、夜中に入ると怒られるので、それも仕方ない。
 下着とか替えたいけれど、これは明日の朝、本当に眠りにつく前にこっそりやろう。父が出勤した後で。そうだ。その時にお風呂も入ればいい。バスタプの栓はどうせ抜かれてるだろうから、シャワーだけで。
 と、大体の今日一日のプランを決めて、ベッドに向かうことにした。
 暗闇の中で時間が分かるものは、ディスプレイに時計が表示される携帯しかなかったから、携帯を右手に握ってベッドへと潜る。メールが届いていないかチェックする。届いていない。
 横たえた体で、部屋の方へ目を向ける。
 座椅子の背が見える。モニタの電源ランプとモデムのランプが光っている。
 雨戸は閉めていないので、影なりに部屋の様子は分かる。
 なにはともあれ、片付いた部屋は気持ちがいい。
 それだけでなんとか満足の笑顔を作れた。



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